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  その1 初夏の思い出 「プールで、ドボン!」前編



   「宍戸さん、ウチのプールには、ジャグジーもあるんですよ。もし、

   良かったら入っていきませんか? 」


   夏休みに入ったばかりの、ある午後のことだった。


   今年の夏は、猛暑であり、気温上昇のピークである現在、午後三時には、

   すでに四十度近い外気温となっている。


   宍戸亮は、後輩の鳳長太郎に頼まれて、彼の自宅のテニスコートでテニスの

   指導をしていたのだが、さすがに、この気温では、まともに練習などできそうになかった。


   宍戸が、練習をそうそうに切り上げる旨を鳳に伝えると、彼は、宍戸に対して、プールで

   涼もうと誘ってきたのだ。


  「ふーん。お前のところには、プールまであるのか? 」

   宍戸が、そう呟くと、鳳は朗らかな微笑みを浮かべ、こう答えたのだ。


  「ええ、そうなんです。、テニスコートと、プールと、屋外パーティのできる芝生のある庭は、

   どの家でも必需品ですからねぇ。」


   鳳の答えは、宍戸には理解できないものだった。


   当然、宍戸の家には、テニスコートも、プールも、芝生の庭も無いからだった。

   せいぜいあるとしても、庭に物干し竿にかかっ
た洗濯物があるだけだった。

   「近隣の方を招いて、良く庭でパーティをするんです。母の楽しみなんですよ。

    午後になると、ティータイムに俺も付き合う事が多いのですが、さすがに、これだけの

   暑さでは、お客様も来ないですからね。両親とも、先週から避暑地に行っています。

   今、家に残っているのは、俺だけなんですよ。」


   宍戸は、すっかり忘れていたが、この鳳長太郎は、なかなかの名家の出身なのだ。

   と、言っても、宍戸にとって、鳳が、どんな育ちの人間かなんて、あまり重要では無いし、

   興味も無い事だった。


   宍戸にとって、鳳は、可愛がっている後輩であり、信頼できるテニスでのパートナーであり、

   大切な恋人だった。


   「ふーん。お前は、一緒に行かないのか? 一人で東京に残っているのは、

   不便じゃ無いのか? 」


   鳳は、そう言ってきた宍戸に対して、真っ直ぐな視線を向け、こう言った。


   「俺は、こうやって、宍戸さんとテニスをしている方が楽しいです。たとえ、夏休みの

   一ヶ月だけでも、あなたと離れるのは……ものすごく、寂しいんです。」


   鳳は、恥ずかしそうにしながらも、熱のこもったような視線で、宍戸を見つめている。


   宍戸は、体温が急上昇するのを感じていた。これは、外気が熱いせいだけでは無い。

   身体の内部から、どんどん火照ってきており、宍戸の全身から汗が噴出してしまった。


   宍戸は、持っていたタオルで、何度もこぼれてくる汗を拭っていた。

   目の前に立っている鳳の姿が、なんとなく気恥ずかしくて、見る事ができなかった。


   「今日は、本当に暑いですよね、宍戸さん。 プール、きっと気持ち良いですよ。

   今日は練習につきあってくださって嬉しかったです。ぜひ、涼んでから帰ってくださいね。


   家には誰もいませんから、気兼ねする必要はありませんよ。」


   鳳が、熱心に誘うので、宍戸は、断るのも失礼だと思った。


   真っ赤になった頬をタオルで隠しながら、宍戸は、答えた。


   「ああ、じゃあ。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。」




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